夏の記憶


ありもしなかった日の

記憶にいざなわれて、

淡い郷愁にひたる夏

低くクラッシックの流れる喫茶店の

かすかに夕日の匂いのする

窓際の小さな席で

古書店で買ってきた難解な

哲学の本を広げている。

本の中の思想は苦々しく

ペシミスティックな様相を帯び

胃のあたりから体が二つ折れになって

ふさぎ込んでいきそうな気怠さ。

二杯目のコーヒーが苦さを

増してきたように思えて

白い砂糖を加える

それはなにか毒のような気がして

これで終わるのかと覚悟を決めるが

何も起こりはしない。

わたしは哲学書を閉じて

一緒に買ってきた別の本を開く。

時空を超えた物語が展開する

サイエンスフィクション、

かつてその世界を体験したことがあるような

既読感というよりは、既視感。

宇宙というイメージが

頭の中に涼やかな風を運んできて

コーヒーカップの横に置かれた

ウオーターグラスのなかで

まろやかに溶ける氷の音。

私は宇宙の彼方を旅しながら

「いまここ」を離れて

過去か未来か、永遠のかなたに浮遊する。

それはありもしなかった記憶ではなく

確かにありえたあの日の記憶。

ずっと前からそこにいた

ひとりでに卵からかえった鳥のように

自分の殻だけが割れ残る

誰もいない巣の中で

このままぬくぬくと過ごすことができれば

存在というものはただの夢見。

あの難解な哲学書を書こうと試みたのは

わたしではなかったのか。

自分の思考についてゆけず

途中で投げ出し

この世界を空想で彩った

奇妙なサイエンスフィクション。

かつてあった日の記憶は

ありもしなかったあの日の記憶と

寸分 違うこともない。

夏よ、終われ。

IMG_4279.jpg

5月のゆううつ サトゥリヌスの季節

ジャスミンの香りを漂わせながら

サトゥリヌスの季節がやってきた。

空には鉛色の雲が広がり

胸の奥まで深く垂れ込める。

遠くで誰かがトランペットを吹き鳴らす

もうすぐ 世界の終りがやってくる。

季節は巡り、巡り巡って

ジャスミンの香りを漂わせながら

今年もサトゥリヌスの季節がやってきた。

垂れ込める雲の下から

泥のような後悔が滴り落ち

体内のあらゆる臓器を黒く染める。

ジャスミンの香りを漂わせながら

サトゥリヌスの季節がやってきた。

もうすぐ 世界の終りがやってくる。

「世界とは、私の世界のことである」

「世界の終わりとは、私の世界の終わりである」

いかなる論理によっても克服できぬ

サトゥリヌスの季節がやってきた。

トランペットにまじってかすかな雷鳴が聞こえる。

垂れ込める雲はやがてその重圧に耐えかねて

生暖かい雨となって地上に落ちる

ジャスミンの白い花弁を赤茶けたぼろきれに変えながら。

遠のく雷鳴とともにサトゥリヌスは去っていく

やがてトランペットの音も消える。

世界の終りはどこへ行ったのか

底知れぬゆううつだけがあとに残った。

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青い花 誕生日の夢

バースデー特典の

ポイント加算を知らせる

D M

一面に敷きつめられた

青いバラの

青がにじんで

夢の中の海。

さっきまで凪いでいた

引き潮の浜辺に

上げ潮がやってきて

もうすぐわたしも

曳かれていく。

   *

浜辺を見下ろす

民家の軒先に

顔のない恋人が

やさしくたたずむ

わたしは恋人の胸に

頬をうずめ

顔のないやさしさに

浸る。

   *

そこは古い機械の町で

とうに錆びれていて

赤いペンキの文字の

看板がよれて

剥がれかけている

偏屈な映写技師が

自分で撮った

こだわりの映画を

狭い小屋のスクリーンに

上映し続けているが

観客は誰もいない。

わたしはただの

通りすがり。

   *

その町を過ぎれば

崩れかけた山の上に

春の草々が芽吹き

DMのバラではなく

本物の青い花が

咲いている。

その花はあまりにも

小さくて

誰の目にも留まらない

小さな青い花

過ぎゆく春の

夢の中に咲く。




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運命の女神

運命の女神は、前髪しかないという。

その前髪をつかんだなら、

人は幸運を手にすることができるという。

だとしても 私は

その前髪をつかむことができない。

もし、その前髪をつかんだなら、

後ろ髪のないのっぺりとした後頭部と

白いうなじが見えそうで、こわい。

つかめるぐらいの長さの前髪なら

女神の顔は隠れて見えないのだろう。

もしその前髪をつかんだなら、

ぐっと顔をあげた女神は、赤い口は開けて

にやっと笑いかけるかもしれない。

その笑いが、わたしには、こわい。

運命の女神は、前髪しかないという。

その前髪をつかんだなら、

人は幸運を手にすることができるという。

だとしても 私は

その前髪をつかむことができない。

女神の姿は、あまりにも不気味で

私はその正体を見たくない気がする。

冬枯れのとき

希望を持つには遅すぎる

絶望するには早すぎる

これからいったい

どこへ行くのか

足元の道はかき消され

どこにも繋がっていないよう

寒空にひとり残されて

ただ枯れ草の上に落ちた

わずかばかりのひだまりの

においだけが懐かしく

乾いた心を慰める

とはいえ、これからいったい

どこへ行くのか

道は見えない

希望を持つには遅すぎる

絶望するには早すぎる

冬の日差しは動かない。


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やっとみつけた本当のわたし。自分探しはもうおしまい。ずっとまえからここにいる。わたしの名はメランコリー。

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